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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)86号 判決

東京都港区南青山5丁目1番10-1105号

原告

中松義郎

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

広田雅紀

市川信郷

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第20597号事件について、平成6年2月18日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年4月16日、名称を「頭の働きを良くする食品」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭60-81089号)が、平成元年10月21日に拒絶査定を受けたので、同年12月20日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成1年審判第20597号事件として審理したうえ、平成6年2月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年3月26日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

不飽和脂肪酸、蛋白質、糖類、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、グルタミン酸、鉄、エイコサペンタエン酸を組合せた事を特徴とする食品。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である「化学大辞典1」共立出版(株)昭和38年7月1日発行、第838~839頁“栄養所要量”及び“栄養素”の項(以下「第1引用例」という。)及び特開昭60-2162号公報(以下「第2引用例」という。)の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、と判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、第1及び第2引用例の各記載事項、本願発明と第1引用例に記載されたものとの一致点及び相違点の認定、相違点の判断中、ビタミンEを添加した食品やグルタミン酸が含まれているごま等を食品素材とすることが本出願前周知であること(審決書2頁2行~4頁19行)は、いずれも認める。

審決は、上記相違点についての判断において、本願発明の進歩性の判断を誤り、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  審決は、「栄養学的見地から、各種栄養素をバランスよく組合せた食品は当業者が容易に想到しうるという他はなく、結局、本願発明に係る食品において、・・・本出願前よく知られた各種栄養素の組合せを規定した点に、格別の創意を見いだすことができない。」(審決書5頁2~7行)と判断している。

しかし、審決が、本願発明に係る食品成分は本出願前周知の各種栄養素の組合せに包含されるから当業者が容易に想到しうる、とした点は誤りである。すなわち、頭が良くなる食品要素については、公知資料は全くなく、無数の多くの食品の中から頭に良いものを得ることは容易ではない。原告は、20年の歳月をかけ、多数の患者における実験を繰り返して、ようやく本願発明を完成したものである。

2  審決は、「本願発明により奏される、頭の働きを良くする旨の効果も、栄養学的に優れた食品を摂取すれば、体内における諸現象が活性化し、ひいては頭の働きが良くなるであろうことは当業者が容易に想到しうることであるから、格別なものといえない。」(同5頁8~13行)と判断し、「なお、審判請求人は、・・・頭の働きが良くなる食品成分と、栄養的に優れた食品成分とは異なる旨主張しているが、・・・上記主張を裏付けるに足る根拠が明らかでない。」(同5頁14行~6頁4行)と述べる。

しかし、同じ栄養素でも、健康に良いものが必ずしも頭に良いものとは限らないのであって、例えば、各種栄養素をバランスよく組み合わせた食品を摂取しても、その中には頭に良くない食品が入ることにもなるのである。健康に良いものと頭に良いものとの異同及び頭の働きを良くする食品の根拠は、本願明細書及び図面(甲第2~4号証)並びにいずれも原告の著作に係る平成4年12月10日発行の「ドクター中松の頭をもっと良くする101の方法」(11版)(甲第8号証76~101頁)及び昭和63年4月5日発行の「ゴロ寝してスーパーマンになる法(甲第9号証417頁~441頁)から明らかである。

審決は、健康に良いものと頭に良いものとは異なるにもかかわらず、健康に良いものと頭に良いものを混同しており、審決引用の各引用例には、頭を良くする食品要素について何らの記載はないし、本願発明は化学的要素でなく、大脳生理学に関するものであるから、本願発明は、各引用例記載のものとは基本的思想が全く異なるものである。

したがって、本願発明は、第1及び第2引用例の記載から、当業者が容易に発明をすることができるとした審決の判断は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は理由がない。

1  審決は、「各種栄養素の組合せを考慮し、バランスよく摂取し、健康を良好に保持することは栄養学の基本ともいえる常識であるから、栄養学的見地から、各種栄養素をバランスよく組合せた食品は当業者が容易に想到しうる」(審決書4頁19行~5頁4行)及び「栄養学的に優れた食品を摂取すれば、体内における諸現象が活性化し、ひいては頭の働きが良くなるであろうことは当業者が容易に想到しうる」(同5頁9~11行)と述べているのであって、無数の多くの食品の中から頭に良いものを得ることが容易であると認定しているわけではないから、この点に関する原告の主張は失当である。

2  審決中には、上記「各種栄養素の組合せを考慮し、バランスよく摂取し、健康を良好に保持することは栄養学の基本ともいえる常識である」及び「栄養学的に優れた食品を摂取すれば、体内における諸現象が活性化し、ひいては頭の働きが良くなる」との各記載並びに「頭の働きが良くなければ体内における諸現象が円滑に行われないことから、頭の働きが良くなる食品成分は、栄養的に優れた食品成分の中に包含される」(同6頁11~14行)との記載があるが、審決は、上記のように、各種栄養素をバランスよく組み合わせた食品を摂取すれば、体内における諸現象が活性化し、ひいては頭の働きが良くなると認定しているのであって、「健康によいもの」と「頭に良いもの」との異同について何ら論じているものではないから、この点に関する原告の主張は失当である。

また、原告は、頭の働きを良くする食品の根拠は、本願明細書及び図面(甲第2~4号証)並びに原告の著書(甲第8、第9号証)により明らかである旨主張するが、審決は、本願明細書及び図面(甲第2~4号証)に記載された本願発明の「頭が良くなる」という効果が全くないと判断しているわけではなく、上記のように、「各種栄養素をバランスよく組み合わせた食品を摂取すれば、体内における諸現象が活性化し、ひいては頭の働きが良くなるであろうことは当業者に容易に想到しうる」と認定しているのである。

上記原告の著書(甲第8、第9号証)については、その中に記載された製品名「頭においしい」を始めとする原告発明の各種製品と、本願発明において規定する食品成分との関係については言及されていないし、頭に良くない食品と頭に良い食品との関係が不明瞭なものがある等、本願発明における「頭の働きが良くなる食品成分」と、「栄養的に優れた食品成分」とが異なる旨の主張を裏付ける根拠が開示されていないから、上記各証拠は、原告主張の根拠とはならないものである。

なお、第1引用例の「化学大辞典」の記載については、「化学」という文献の名称ではなく、そこに記載された内容が問題とされるものであるから、この点に関する原告の主張は失当である。

以上のとおり、審決の認定判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  第1引用例には、栄養素として蛋白質、糖類、脂肪、ビタミンB群、ビタミンC、カルシウム、鉄等が例示され、第2引用例には、栄養食品として、不飽和脂肪酸であるリノール酸とエイコサペンタエン酸を含むものが記載されていること、また、ビタミンEを添加した食品やグルタミン酸が含まれているごま等を食品素材とすることが、本出願前周知であること(審決書4頁11~19行)は、いずれも当事者間に争いがないから、本願発明の構成は、上記の本出願前周知の各栄養素を組み合わせたものであることが明らかである。

ところで、各種栄養素の組合せを考慮し、これをバランスよく摂取し、健康を良好に保持しようとすることは、現時の栄養学の普及の程度からみて、何人もこれを考える程度の事柄であることは、当裁判所に顕著な事実であり、健康を良好に保持すれば、自ずから脳の活性化もうながされるであろうことも、通常の知識を有する者にとって当然に理解されている事柄と認められる。

したがって、上記周知の各栄養素を組み合わせることのみをその要旨とする本願発明においては、健康を良好に保持することによる脳の活性化の程度以上に、頭の働きを良くする作用効果が認められない限り、本願発明の進歩性を見いだすことができないというべきである。

本願発明の要旨によれば、本願発明の構成要素としての各栄養素の組成割合については何ら特定がされていないことは明らかであるから、例えば、本願発明を構成する栄養素の一つである糖類がその構成の大部分を占め、その余の各栄養素の配合割合がごくごく僅少であるような食品も、本願発明の食品に該当するものといわなければならないが、このような食品が、上記の意味で進歩性の根拠となるに足りる頭の働きを良くする作用効果を有するものとは、到底認められない。

本願明細書及び図面(甲第2~4号証)には、実施例4として、「本発明の頭の働きを良くする食品の効果を示すために」行った試験の結果が記載されている(甲第4号証2頁以下)が、この試験結果は、特定の配合割合の食品についてのものであり、上記の例に示したような食品にまで同様な効果があることを推認させるものではなく、その他本件全証拠によっても、本願発明の要旨に示された構成による食品のすべてが、同様の効果を奏することを認めるに足りる資料はない。

2  そうすると、本願発明が第1、第2引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものとした審決の判断に誤りはないものといわなければならないから、その余の点を判断するまでもなく、審決の違法をいう原告の主張は理由がない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成1年審判第20597号

審決

東京都港区南青山5丁目1番10-1105号

請求人 中松義郎

昭和60年特許願第81089号「頭の働きを良くする食品」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年10月25日出願公開、特開昭61-239847)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1、 本願は、昭和60年4月16日の出願であって、その発明の要旨は、平成1年8月1日付け手続補正書及び平成2年1月9日付け手続補正書で補正された明細書と図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「不飽和脂肪酸、蛋白質、糖類、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、グルタミン酸、鉄、エイコサペンタエン酸を組合せた事を特徴とする食品。」

2、 一方、当審において、平成5年8月10日付けで通知した拒絶理由の概要は、本出願前に頒布された刊行物である、「化学大辞典1」共立出版(株)昭和38年7月1日発行、第838~839頁¨栄養所要量¨及び¨栄養素¨の項(以下「第1引用例」という)、同じく特開昭60-2162号公報(以下「第2引用例」という)を引用し、本願発明は、これらの刊行物に記載されている技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

そして第1及び第2引用例には、以下のことが記載されている。

(第1引用例)

体外より補給した場合に栄養に関与する化合物を栄養素といい、普通には炭水化物(糖質)、脂肪(脂質)、タンパク質(タン質)、無機質(ミネラル)、ビタミンに分類し、これらを五大栄養素とよぶことが記載され、また、日本人の栄養所要量として、タンパク質、カルシウム、鉄、ビタミンA、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンC等についてその所要量が記載されている。

(第2引用例)

食品の構成脂肪酸中、リノール酸に対し、エイコサペンタエン酸および/またはドコサヘキサエン酸の含有量が、1%~30%になるように調整することを特徴とする栄養食品の製造法が記載されている。

3、 そこで、本願発明と第1引用例に記載されたものとを比較する。栄養素は通常食品の形態で摂取されるものであるから、両者は、各種栄養素を含む食品の点で一致し、(1)各種栄養素の組合せが、前者では、不飽和脂肪酸、蛋白質、糖類、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、グルタミン酸、鉄、エイコサペンタエン酸と規定されているのに対し、後者ではその点明らかでない点で相違する。

4、 上記相違点について検討する。

上記のように、第1引用例には、栄養素として蛋白質、糖類、脂肪、ビタミンB群、ビタミンC、カルシウム、鉄等が例示され、第2引用例には、栄養食品として、不飽和脂肪酸であるリノール酸とエイコサペンタエン酸を含むものが記載されている。また、ビタミンEを添加した食品やグルタミン酸が含まれているごま等を食品素材とすることは本出願前周知である(例えば、特開昭59-125852号公報参照)。そして、各種栄養素の組合せを考慮し、バランスよく摂取し、健康を良好に保持することは栄養学の基本ともいえる常識であるから、栄養学的見地から、各種栄養素をバランスよく組合せた食品は当業者が容易に想到しうるという他はなく、結局、本願発明に係る食品において、上記の本出願前よく知られた各種栄養素の組合せを規定した点に、格別の創意を見いだすことができない。

そして、本願発明により奏される、頭の働きを良くする旨の効果も、栄養学的に優れた食品を摂取すれば、体内における諸現象が活性化し、ひいては頭の働きが良くなるであろうことは当業者が容易に想到しうることであるから、格別なものといえない。

なお、審判請求人は、平成5年11月1日付け意見書において、頭の働きが良くなる食品成分と、栄養的に優れた食品成分とは異なる旨主張しているが、このことを示す資料として提出した資料1(中松義郎著「ドクター中松の頭をもっと良くする101の方法」1992年12月10日、KKベストセラーズ発行、第76~101頁)及び資料2(中松義郎著「ゴロ寝してスーパーマンになる法」昭和63年4月5日、株式会社マネジメント社発行、第417~440頁)を見ても、上記主張を裏付けるに足る根拠が明らかでない。また、栄養の概念には、生命を保ち活動するたあに必要なエネルギーを発生させること及び身体の発育に必要な成分や消耗された成分を補給することの他に、体内における諸現象が円滑に行われるようにすることも含まれ(「化学大辞典1」共立出版(株)昭和38年7月1日発行、第837頁¨栄養¨の項参照)、頭の働きが良くなければ体内における諸現象が円滑に行われないことから、頭の働きが良くなる食品成分は、栄養的に優れた食品成分の中に包含されるものである。

5、 したがって、本願発明は、前記第1及び第2引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年2月18日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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